独特の髭が特徴的な肖像画で知られるサルバドール・ダリ。スペイン出身のダリは、シュルレアリスムを代表する画家のひとりです。
ダリの作品は、意識下の世界や幻想的なテーマが写実的に描かれているのが特徴。多くの画家やアーティストと交流し、哲学や精神分析学にも興味を持ち、作品に反映させました。画業での功績だけではなく、数々のエピソードも残したダリ。独特のダリの作品は、鑑賞する人を魅了してやみません。
本記事では日本にもファンが多いサルバドール・ダリについて、アートリエ編集部が詳しく解説します。
サルバドール・ダリの来歴
インターナショナルな知名度を誇るダリは、どんな変遷をたどって独自の世界を確立したのでしょうか。
ダリの来歴を解説します。
生い立ち
サルバドール・ダリは1904年、スペインのバルセロナ近郊フィゲラスで生まれました。生まれ故郷カタルーニャ地方の乾燥した空気は、のちにダリの作品にも投影されています。
ダリの父親は公証人であったことから裕福な家庭に育ちますが、権威主義的で厳格な父親とダリの関係は常に緊張状態であったと伝えられています。幼いころから画才があったダリを理解し励ましたのは常に母親でしたが、ダリが17歳のときに母は死去。母性への憧憬は、のちの結婚にも影響を及ぼしました。
青年期のダリはバルセロナやマドリードの美術学校に学び、詩人のガルシア・ロルカや映画監督となるルイス・ブニュエルと交流。後者とはのちに、ともに映画を製作しています。またロルカとは深い友情で結ばれ、彼はダリのシュルレアリスムの最初の理解者となりました。
しかし父親の不興を買ったダリは学業を修了することができないまま、美術学校を去りました。1926年にパリを訪れピカソの知己を得て、1929年にはジョアン・ミロとともにパリを再訪。徐々にシュルレアリスムの世界へと没入していきます。
シュルレアリスムの時代
超現実主義と訳されるシュルレアリスムは、1920年代初頭にフランスの詩人ブルトンらによって興された芸術運動です。
思想の開放や創造力の復権をうたったシュルレアリスムは、1920年代から30年代にかけて、多くの文学者やアーティストの参加で盛り上がりました。ダリは1929年からシュルレアリスムの運動に参加、ここで生涯のミューズとなる妻ガラと出会います。
意識下の開発や反倫理的な姿勢も肯定していたシュルレアリスムの中で、ダリは積極的に性やエロティシズムをテーマにした作品を発表。ピカソやミロ、エルンストやマグリットとともに、話題性のある傑作を生み出していきました。
しかし大所帯となったシュルレアリスムのグループ内では内紛も多く、とくに非政治的な立場を貫いていたダリへの風当たりが強くなります。ダリが商業的に成功したことをねたむメンバーもいました。
1930年代後半、ダリはシュルレアリスムを離れることになりました。
アメリカの時代
第2次世界大戦の勃発後、ダリ夫妻はアメリカに移住しました。アメリカ時代のダリはカトリック信仰を見直し、自叙伝や映画の脚本、小説を執筆するなど、画業以外の活動に熱心でした。この時期のダリは電話やロブスターなどアメリカ的な事象をテーマに、実験的な作品も残しています。
1943年には、ニューヨークの美術品ディーラー「ノードラー商会」で個展を開催。個展のカタログ内でシュルレアリスムの在り方を彼なりに綴り、話題になりました。
スペインへの帰還
1951年、ダリは故郷のカタルーニャに戻りました。独裁政権下のスペインへの帰還は批判の対象にもなりましたが、すでに国際的な名声を得ていたダリは泰然としていたと伝えられています。多作で知られていたダリは、故郷での穏やかな生活の中で円熟した絵画を数多く残しています。
1980年、身体の麻痺によって絵を描くことができなくなったダリは、1982年に妻のガラを失います。84年には火事によるやけどを負うなど、晩年は不幸が続きました。
1989年、生まれ故郷のフィゲラスでワーグナーの音楽を聴きながら逝去。絵画や版画、宝石や家具のデザインなど、多才を発揮した天才は84歳で世を去りました。
サルバドール・ダリの特徴やエピソード
魔術的写実主義の技法で有名なダリは、エピソードもたくさん残したアーティストです。彼の作品をより楽しむために、彼の特徴や有名なエピソードをご紹介します。
シュルレアリスム
ダリが参加したシュルレアリスムは、1920年代初頭に詩人のブルトンらが提唱して広がりを見せた芸術運動です。文学、芸術、思想に影響を与え、絵画の世界ではエルンスト、ミロ、デ・キリコなども参画。理性による制約、道徳や先入観から離れて、精神の内奥を表現することを趣旨としていました。
1930年代に入ると政治的な問題にアプローチするメンバーが多くなり、対立や内紛を生み出しました。ダリもこの時期にシュルレアリスムを離れています。
時計のモチーフ
フロイトの精神分析論やカトリック教義にも精通していたといわれるダリ。アインシュタインの時空相対性理論にも興味があり、その影響を受けていたといわれるのが有名な時計のモチーフです。
代表作《記憶の固執》や《記憶の固執の崩壊》に登場する時計は、溶けるように柔らかい形状で描かれています。ダリの描く時計についてはさまざまな解釈があり、一概に定義することは不可能ですが、妻のガラが食べていたチーズがインスピレーションであったという説もあります。
一般的には、溶けた時計は人間の時間の認識の象徴であり、すべての人に平等に刻まれる時間も、感情や精神状態によって速さが変化することを表しているといわれています。
髭
ダリといえばだれもが思い浮かべるピンと立った髭。「10時10分の髭」と呼ばれ、アメリカの文学者ガーとルード・スタインは「ヨーロッパで最も美しい髭」と称賛しました。
ダリは若いころから自分の髭にこだわりがありましたが、シュルレアリスムのアーティストとして大成するにつれてピンと上に伸ばすスタイルで終始するようになりました。ベラスケスの絵画に影響を受けたともいわれるあの髭は、彼のユーモアの一環であり、芸術家としての象徴でもあります。
ダリとシュルレアリストたち
ダリが属していたシュルレアリスムのメンバーたちは、左翼的な立場を明確にする人がほとんどでした。一方のダリは一貫して非政治的な立場を貫いていたため、シュルレアリスムのメンバーからは距離を置かれていたようです。
シュルレアリスムの推進者のひとりで文学者のアンドレ・ブルトンは、ダリのことをアーティストらしからぬ唯物主義者だと非難。「金銭を貪る人(Avida Dollars)」と呼び批判しました。
しかし現在では、ダリはシュルレアリスムのもっとも偉大な作家として評価されているのも皮肉です。
妻ガラへの献身
「両親よりもピカソよりも、金銭よりもガラを愛している」と語ったダリ。
1929年にダリがガラと出会ったとき、彼女は詩人のポール・エリュアールの妻であり、マックス・エルンストの愛人でした。
10歳年上のガラに運命的な愛を感じたダリは、1982年にガラが亡くなるまで離れることはありませんでした。ガラは常にダリのミューズであり、最大の理解者として傍らにあり、彼女をモデルにした作品が多数あります。ダリは1968年にガラのためにプボルの城を購入。その地下にガラとダリの墓があります。
マグリットとダリ
ダリと並んで人気のあるシュルレアリスムの画家に、マグリットがいます。ベルギーを代表するシュルレアリストのマグリットは、スペイン出身のダリとは趣を異にしています。
どちらも精神の内面を写実的に描く点では共通していますが、ダリの作品は表現が過剰で生き生きとしていて、はちきれんばかりの激情感があります。
一方のマグリットの作品は静謐で瞑想的。ダリの作品が向こうからこちらに迫ってくるのに対し、マグリットの作品はこちらから描かれた世界へ足を踏み入れるようなイメージがあります。
ダリの代表作
多作であったダリ。その中から世界的に有名な代表作を解説します。
記憶の固執
ダリの作品の中でもっとも有名な作品《記憶の固執》。
ダリの故郷カタルーニャ地方の景色を背景に、溶けた時計をはじめ寓話的なモチーフで構成された作品です。フロイトやアインシュタインの学説に影響を受けたといわれるアカデミックさもあり、さまざまな解釈を楽しめる傑作。
1931年に20代後半のダリが描いたこの作品は、ニューヨーク近代美術館所蔵です。
ナルシスの変貌
ナルシスはギリシア神話に登場するナルキッソスのことで、ナルシシズムの語源となりました。美青年ナルシスは自分だけを愛し、最後には自滅してしまうというお話です。西洋では水仙のことをナルシスと呼ぶため、ダリの作品にも水仙が描かれています。
1936年に描かれた《ナルシスの変貌》はイタリア旅行中にインスピレーションを得て、制作されました。1938年、ダリは精神学者フロイトにこの作品を見せ、精神分析に関する彼の観点を伝えたといわれています。
水辺に見える2つのオブジェはダリとガラの姿であり、卵はセクシュアリティの比喩という説もあります。
ツバメの尾
愛妻ガラの死後、ダリが生涯最後に制作した《大惨事シリーズ(Série des catastrophes)》の中の1枚が《ツバメの尾》です。
描かれているのは、襞、尖頭、蝶、楕円臍、双曲臍、放射線臍、そしてツバメの尾。そう言われても理解が難しいこの絵は、ダリが心酔していたフランスの数学者ルネ・トムのカタストロフィ理論がベースになっています。
1979年のスピーチで、ダリはトムの理論を「世界中の理論の中でもっとも美しい学術」と語りました。ルネ・トムへの傾倒が顕著な同作品、亡きガラへの思いもこもった最晩年の名画となりました。
引き出しのあるミロのヴィーナス
彫刻家やデザイナーとしても才能を見せたダリ。1936年に制作した彫刻《引き出しのあるミロのヴィーナス》は、誰もが知っている古代の彫刻をモチーフに作られました。
この彫刻にもフロイトの影響があり、ダリは「古代ギリシア文化の引き出しを開けることができるのは精神分析者だ」と述べています。まさにその思いが結実した作品、ミロのヴィーナスを構成する引き出しは人間に内在する意識のアレゴリーといわれています。
ゆでたインゲン豆のある柔らかい構造(内乱の予感)
1936年にダリが描いた《ゆでたインゲン豆のある柔らかい構造(内乱の予感)》は、スペイン内戦の半年前に制作したものです。ダリが「潜在意識に予知力がある」と確信するきっかけになった作品でした。
作品の主役となっている2つの肉体は、内戦を引き起こした左翼と右翼のイメージといわれています。手足が強烈な印象を残す肉体は、枯れた木や木箱に支えられ、散乱する骨の上にゆでたインゲン豆が散らかっています。
戦争の恐怖や破壊を表現した絵画として有名です。
ダリ作品を収蔵する日本の美術館
多作だったダリの作品は、日本の美術館でも鑑賞できます。ダリの作品を所蔵する美術館をご紹介します。
諸橋近代美術館(福島)
福島県裏磐梯にある諸橋近代美術館は、シュルレアリスムの作品で知られています。とくにダリのコレクションは世界屈指のレベル、《ドン・キホーテ》や《ガラとロブスターの肖像》など、ダリのルーツや私生活も垣間見える作品が揃っています。欧風の建築様式が美しい美術館で、ダリの作品を鑑賞できます。
ポーラ美術館(神奈川)
箱根の仙石原にあるポーラ美術館。印象派やエコール・ド・パリの作品の所蔵で知られています。ダリの作品は《哲学者の錬金術》《姿の見えない眠る人、馬、獅子》など。
岡崎市美術博物館(愛知)
岡崎市の美術博物館は、歴史資料に加えシュルレアリスムの作品も多数所有しています。ダリ作《ダリの太陽》のほか、ダリと交流のあったエルンストの《貝の花》も見逃せません。
広島県立美術館(広島)
国内外の芸術家の作品4,000点を所蔵する広島県立美術館。ダリの《ヴィーナスの夢》は、1939年にニューヨークで開催された万博のために描かれた力作です。
横浜美術館(神奈川)
ダリの《ガラの測地学的肖像》を所蔵する横浜美術館は、ダリ以外にもマグリットやピカソなど、ダリと交流のあった天才たちの作品が多数。ダリを巡る当時の美術の動向とともに楽しめます。
まとめ
シュルレアリスムの代表的なアーティストとして、絶大な人気を誇るサルバドール・ダリ。スペイン出身のダリはパリで刺激を受け、アメリカで見聞を広げ、人生の後半は生まれ故郷で愛妻のガラとともに多数の作品を制作しました。
魔実的写実主義と呼ばれる独自の作風で世界を魅了したダリは、数々の逸話も魅力的。日本での人気の高さは、世界有数のダリ・コレクションを持つ美術館があることからも明らかです。
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