生前の評価は極めて低く、わずかな絵しか売れませんでしたが、死後その画業が高く評価され、今や彼の名を知らない人がいないほど有名なゴッホ。
独特な画風や衝撃的な事件で知られる彼は、理想を求めて夢に生きた画家でした。
今回は、そんなフィンセント・ファン・ゴッホの代表作を時代順にアートリエ編集部が解説します。
オランダ時代(1881-1885)
牧師の息子として生まれたゴッホは、当初聖職を目指していました。しかし1880年、27歳の時にその道を断念し、画家になることを決意します。
独学で絵を描き始めた彼は、フランスの写実主義やオランダのハーグ派などの巨匠の版画や素描を模写することで技術を習得していきました。また、義理の従兄の画家、アントン・モーヴからも油彩と素描についての教えを受けました。そうして素描の訓練を積んだ彼は、次第に自分の表現したいものを表現できるだけの実力を身につけていきました。
彼の初期の作品は暗い色調で、後年もしばしばモチーフにしている農民や労働者を頻繁に描いていました。ゴッホにとって農民は、キリスト教的な象徴というよりも「労働の尊厳」や「素朴な生活」を象徴する存在でした。彼は農民の姿を誠実に描き出し、精神的価値を見いだしていました。
これには彼が牧師の息子で、キリスト教に対して複雑な思いを抱いていたことや、農民の生活を実際に経験したことはないことも関係しています。
ジャガイモを食べる人々

作品概要
農民の食事という一般的なテーマを描いた作品で、食卓を囲む五人の人物で構成されています。ゴッホがオランダ時代の集大成として取り組んだ代表的な油彩作品であり、初期の総決算ともいえる位置づけです。彼はこの作品のために多くの習作を描き、長期間の試行錯誤の末に完成させました。
●原題:De Aardappeleters
●制作年:1885年4月
●画材:キャンバス、油彩
作品解説
ニューネンの実家の牧師館の一角にもらったアトリエで活動していた時期に描かれた作品です。素描の訓練により技術力が格段に進歩していた頃で、それまでの学びの成果が注ぎ込まれています。
培われた表現力は光の効果や室内の描写、農夫の頭部などに表れている他、画家本人が「今皿に伸ばしているその手で土を掘ったのだということを強調」していると述べているように、手の描写にも力が入っています。
ゴッホはこの作品を気に入り、これを元にしたリソグラフも制作したほどでしたが、リソグラフを送った友人の画家、ファン・ラッパルトには酷評されてしまいました。
所蔵先
ファン・ゴッホ美術館
パリ時代(1886-1888)
1886年、ゴッホはパリの画廊で働く弟テオの元へ突然押し掛けました。そのまま兄弟で同居生活を始めた彼は、テオの協力もあり、最新の絵画や多くの画家と出会う機会を得ます。このことは彼の作品を激変させました。
パリでゴッホに影響を与えた芸術は、大きく二つあります。
まず印象派、新印象派との出会い。印象派の画家たちと親しくなった彼は、自作にも点描風の細かいタッチを取り入れたり、絵の具を混ぜず原色に近い色を用いたりし始めました。
これにより彼の絵画は格段に明るくなりました。とは言え、中間色を用いたり色彩の対比が大胆だったりと、純粋な印象派絵画を描いたわけではありません。あくまで豊かな色彩を用いるようになったという点で、印象派や新印象派から受けた影響が大きいのです。
もう一つが浮世絵との出会いです。パリで浮世絵を知った彼は、膨大な数の浮世絵を研究しました。また、テオとともに浮世絵の委託販売や展覧会の企画もし、兄弟の浮世絵コレクションは400点以上にのぼりました。
平坦で強烈な色彩や太い輪郭線といった彼の絵画の特徴は、浮世絵からきています。
こうした刺激を受け、ゴッホは徐々に伝統的な西洋絵画や印象派の様式の殻を破り独自の画風を確立していくことになります。
タンギー爺さん

作品概要
パリの絵具商、ジュリアン・タンギーの肖像画です。タンギーは当時、セザンヌやゴーギャンなど売れない画家を支援していました。
背景には実在の浮世絵を簡略化して模写したものが組み合わされています。使われているのは、渓斎英泉「雲龍打掛の花魁」、歌川国貞「三世岩井条三郎の三浦屋高尾」、歌川広重「五十三次名所図会 四十五石薬師 義経さくら範頼の祠」などです。
●原題:Le Père Tanguy
●制作年:1887年夏
●画材:キャンバス、油彩
作品解説
ゴッホは私利私欲に走らず弱者に寄り添うタンギーの生き様に、共感を覚えていたと言います。彼らはともに絶対的な愛を信じ、理想の世界を夢見る同志でした。
タンギーは浮世絵も店で扱っていました。
そこで、兄弟愛に満ちたゴッホの中のユートピア「日本」を象徴する浮世絵をバックに描くことで、タンギーをユートピアの住人として描いたのがこの作品です。背景に使用している浮世絵はゴッホ兄弟のコレクションに入っているもので、ゲイシャやフジヤマ、サクラといった外国人の典型的な日本のイメージが反映されているようです。
所蔵先
ロダン美術館
暗色のフェルト帽子をかぶった自画像

作品概要
ゴッホは一生のうちに37枚の自画像を描いており、中でもパリ時代に最も多く制作しました。ほとんどが麦わら帽子をかぶった労働者や一市民の格好で描かれており、この作品もその一つです。
背景は赤と青の色の対比を強調しており、顔や帽子は印象派の影響を思わせるタッチで描かれています。
●原題:Self Portrait in Grey Felt Hat
●制作年:1887〜88年冬
●画材:キャンバス、油彩
作品解説
ゴッホが自画像を何枚も制作した理由は、モデルになってくれる人がいなかったことや、モデルを雇う経済的余裕がなかったことが考えられます。
けれどそれだけではなく、画家ではなく一市民や労働者の姿の自分を描くことで、自分の生き方を模索していたのではないかという説もあります。
また、パリ時代の自画像には、背景に実際には見えていたはずの部屋の様子が描き込まれていないことも特徴です。この後のアルル時代では趣が変わり、思想や自身の状態をより強く映し出した自己表現としての自画像を制作しています。
所蔵先
ファン・ゴッホ美術館
アルル時代(1888-1889)
ゴッホは太陽光と色彩に溢れる南フランスを、自らの理想郷と見ていました。1888年2月、彼はそんな念願の南仏へやって来ます。ここで兄弟愛に満ちた芸術家の共同体を実現しようと、理想に燃えていたのです。
人生において最も幸福だったこの時期、彼の作品には他の時期には見られない、ひまわりなどのいくつかのモチーフが見られるようになり、ユートピアのイメージと結びついた日本的なモチーフも盛んに用いています。反対に、楽園追放を暗示する掘る人などの暗いモチーフは見られなくなりました。
色彩はますます原色に近く鮮やかに、タッチは情熱的で激しいものになっていきます。この時期に、一目でゴッホの絵だと分かる独特な画風へと発展していったのでした。
しかし、幸福は長くは続きません。ゴッホの誘いに乗ってアルルへやって来たのはゴーギャンただ一人。しかも個性の強い芸術家同士で喧嘩が絶えませんでした。1888年12月、ゴッホは精神状態が悪化し、激しい発作を起こしました。その直後、ゴッホは自らの耳の一部を切り取ってしまう事件を起こし、ゴーギャンとの共同生活は終了しました。ゴーギャンを剃刀で襲おうとしたという話もあります。この耳切り事件で彼は入院を余儀なくされ、ユートピアの夢は脆くも崩れ去りました。
ひまわり

作品概要
花も壁も机も花瓶も、全体が黄色という平坦な画面構成で、それぞれ差異のある複数の黄色を使い分けて表現しています。
ゴッホは芸術家の共同体のための家「黄色い家」の装飾画とするため、これと似た構図の絵を何枚か手掛けています。
●原題:Les Tournesols
●制作年:1888年8月
作品解説
ひまわりはゴッホの代名詞ですが、実はそれほど沢山のひまわりを描いたわけでも、画業を通して描き続けたわけでもありません。彼の絵にひまわりが登場するのは、1887年春から1889年1月まで、パリ時代後半とアルル時代前半の2年間に限られています。
それは、ひまわりが彼の南仏の太陽への憧れを表していたからです。夢を追い求め、明るい陽光の下幸福を感じていた彼の心が、キャンバスの上でひまわりの形をとったのでした。
ひまわりには信仰心や愛を象徴するという宗教的解釈もあり、当時のゴッホが感じていた兄弟愛のイメージと重ねられることがあります。
所蔵先
ロンドン・ナショナル・ギャラリー
ひまわりに関して詳しく知りたい方は、下記の記事もぜひご覧ください。
夜のカフェテラス

作品概要
アルルの中心部にある広場、プラス・デュ・フォルムのカフェテラスを描いた作品です。色彩豊かな初秋の夜の風景に魅せられ、暗い青と黄色の対比を主調にしてその美しさを表現しようとしました。
●原題:Terrasse du café le soir
●制作年:1888年9月
●画材:キャンバス、油彩
作品解説
ゴッホはこの作品を、アトリエではなくその場で、蝋燭の火などを頼りに描こうとしたそうです。そうすることで「あわれな青ざめた白っぽい光で夜景を描く従来の因習」とは別の描き方ができると考えました。
所蔵先
クレラー・ミュラー美術館
アルルの寝室

作品概要
ゴーギャンがアルルに来る前に、新居の寝室を描いた作品で、簡素な部屋が明るい色で彩られています。なお、経年変化で著しく変色しており、描かれた当時とは壁や床の色味が違っているそうです。
部屋の壁はゴッホの絵画で飾られていて、ベッドの上には、友人ジョセフ・ミシュルと画家ウジェーヌ・ボックの肖像画が掛けられています。
●原題:La Chambre à Arles
●制作年:1888年10月
●画材:キャンバス、油彩
作品解説
この絵について作家本人は「休息とか睡眠とかを一般に暗示しなければならない。この絵を見れば、頭なり、或いはむしろ想像力が休まなければならない。家具がどしっとしていることがまた、ちょっとやそっとでびくともしない安息感を与えるに違いない」と語っています。
しかし休息や睡眠を表現しようとしたにしては、遠近法が歪められたり、ものの影が消されたりなど違和感を感じさせる仕上がりになっています。
後年自作のレプリカを盛んに描いたゴッホは、この絵の模写も2枚制作しています。基本的には大きな差異はないものの、ベッドの上の肖像画の人物が違う模写は、それぞれ愛する人々の元へと送られました。
所蔵先
ファン・ゴッホ美術館
サン=レミ時代(1889-1890)
耳切り事件の後、夢破れたゴッホは精神病の発作を繰り返すようになりました。南仏のサン=レミの精神病院に移った彼の絵は、一層タッチが力強く荒々しいものになっていきます。
また、以前描いていた楽園追放を暗示するモチーフが復活するなど、彼の精神状態を反映したような不穏な気配が画面に漂っています。
外に出て写生することができない時期があったこともあり、ミレーやドラクロワなどの作品をアレンジを加えつつ模写をしたり、想像で描いたりすることも増えました。
晩年の1890年5月にはパリ郊外のオーヴェール・シュル・オワーズへと転居しましたが7月末に拳銃による致命傷を負い、その2日後に亡くなりました。一般には自殺と考えられてきましたが、近年では他者による誤射の可能性も指摘されています。
37歳、画家を志してから10年という短い生涯でした。
星月夜

作品概要
青い町の上で煌々と照る月と星々、空の奇妙な渦巻き、うねるようなタッチの黒い糸杉で構成された絵画です。空は明るく、精神病院の窓から眺めた明け方の東の空を描いたものとされています。
ただし、現実と違う点も散見され、その風景の記憶を元にした虚構の世界ではないかとも考えられています。
●原題:La nuit étoilée
●制作年:1889年6月
●画材:キャンバス、油彩
作品解説
ゴッホは従来のキリスト教には反発しつつ、すがりつき崇拝する対象を求め、星空などの自然にそれを見出していました。そのためこの作品には、実際に見た風景を描いたという自然主義的解釈の他に、宗教的解釈や世相を反映しているという見方など、多様な解釈が存在します。
何にせよ、荒々しく描かれた渦や糸杉には観る者を不安にさせるような力があり、当時のゴッホの心境が映されていると言えるのではないでしょうか。
この作品は完成した後に同じテーマをペンによる素描にも描いていて、そちらは星の数が一つ少ないなど、油彩と微妙に違う絵となっています。
所蔵先
ニューヨーク近代美術館
糸杉

作品概要
うねるような厚く強烈なタッチの糸杉が印象的な1枚です。上方へと燃え上がるような糸杉とともに月が描かれています。この2つはしばしば一緒に描かれたモチーフですが、その理由は分かっていません。
●原題:Zypressen
●制作年:1889年6月
●画材:キャンバス、油彩
作品解説
先ほどの「星月夜」にも描かれていましたが、糸杉はサン=レミ時代のゴッホの絵画に頻出するモチーフです。実は南仏において、糸杉はひまわり以上に印象に残る植物なのですが、アルルではあまり描いておらず、サン=レミに来てから描くようになりました。何枚も制作した糸杉の絵の中で、本人はこの絵が最高の出来だと述べています。
糸杉は死の象徴ではないかとも言われていますが、ゴッホの意図は定かではありません。彼は糸杉について手紙で「線といい比例といい美しく、まるでエジプトのオベリスクのようだ」とその美しさを讃えているため、見た目にも惹かれて画題にしたことは間違いないでしょう。
所蔵先
メトロポリタン美術館
アイリス

作品概要
サン=レミに移ってから1週間ほどして描いた絵で、療養院の庭に咲いていたアイリスが主題になっています。花をかなりクローズアップで捉えた視点は、これまでの作品にはあまり見られないものです。
●原題:Irises
●制作年:1889年
●画材:キャンバス、油彩
作品解説
この作品は完成後テオの元に送られ、同年9月にはアンデパンダン展に展示されて批評家フェリックス・フェネオンに注目されました。
同時期に、花瓶に活けられているアイリスの花も描いています。
所蔵先
ゲティ・センター
ポール・ゲッティ美術館
花咲くアーモンドの枝

作品概要
みずみずしいアーモンドの木を、空をバックに下から見上げるような構図で捉えています。タッチには糸杉の絵などに見られるような激しさやうねりがなく、明るい雰囲気の絵です。
●原題:Almond Blossom
●制作年:1890年2月
●画材:キャンバス、油彩
作品解説
ゴッホにとって、甥の誕生は大きな喜びであると同時に、不安の種でもありました。これまで自身を支えてくれていた弟に、これまでと同様の支援を期待できるか分からなかったからです。
けれどこの絵にはそういった不安の影は感じられず、サン=レミ時代には珍しい明るい画面に仕上がっています。
所蔵先
ファン・ゴッホ美術館
日本でゴッホの作品が見れる場所

ゴッホの作品は日本国内のあちこちの美術館に展示されています。その中からいくつかピックアップしてご紹介しましょう。
絶対に外せないのが、東京新宿区にあるSOMPO美術館。元々画家の東郷青児の協力によって生まれた美術館のため、東郷青児作品のコレクションが中心ですが、ゴッホの人気作、ひまわりの絵の一枚を所蔵しています。
1987年に約53億円で当作品を落札した際は国内外の注目を浴びました。今では常設展で名画「ひまわり」をいつでも鑑賞することができます。
印象派絵画を中心にコレクションしている、箱根のポーラ美術館にもゴッホ作品が3点収蔵されています。常設ではありませんが、美術館のホームページで今どの作品を観られるか分かるようになっています。ぜひ訪れる前にご確認ください。
その他、山形美術館やひろしま美術館など全国各地でゴッホの絵画を観ることができますよ。
まとめ:短くも劇的な人生を送った画家、ゴッホ

まばゆく輝くひまわりや、不安を掻き立てる糸杉の絵が印象的なゴッホ。けれど彼の作品はそれだけではなく、劇的な事件や、夢と苦悩に翻弄されながら変化していったのでした。
ぜひ美術館を訪れて、彼の生の証を目の当たりにしていただければと思います。
アートリエではアートに関する情報を発信しています。アートのことをもっと知りたいという方は、こまめにウェブサイトをチェックしてみてください。
また、実際に絵を購入してみたいという方は、活躍中のアーティストの作品をアートリエで購入、またはレンタルすることもできます。誰でも気軽にアートのある生活を体験することができるので、ぜひお気に入りの作品を探してみてください。
ゴッホの生涯に関して詳しく知りたい方は、下記の記事もぜひご覧ください。










