60年を超えるキャリアを経てもなお、もっとも影響力のあるアーティストのひとりとして注目されているデイヴィット・ホックニー。2023年に東京都現代美術館で開催された展覧会も大きな話題となりました。
時代を越えて、多くの人びとを惹きつけてやまないホックニーの魅力について、アートリエ編集部が解説します。

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デイヴィッド・ホックニーとは
イギリスに生まれ、早くからその才能を開花させていたデイヴィット・ホックニー。活動の拠点をロサンゼルスに移したのち、プールや水しぶきを主題として描いた作品が世界的に注目されました。
当時新しい素材であったアクリル絵の具をいち早く取り入れ、また近年ではiPadをドローイングツールとして使うなど、新しい表現方法を探求し続けているアーティストです。その活躍の場は絵画だけにとどまらず、舞台芸術や写真といった多彩な分野に及んでいます。
デイヴィッド・ホックニーの来歴
デイヴィット・ホックニーはその半生において、さまざまな表現様式を探求し続けてきました。まずは彼の来歴を追ってみましょう。
生い立ち
デイヴィット・ホックニーは1937年、イギリスの中部ブラッドフォードに生まれました。公立の小学校からグラマースクールへ進学した後、アーティストを志すようになります。
1953年、ホックニーはブラッドフォード美術学校へ入学しました。在学中に制作した作品の多くは、地元の郊外住宅や市民を描いたものでしたが、油彩画《父の肖像》(1955年)はヨークシャー美術家展への出品作となり、初めて買い手がついた作品となりました。
ブラッドフォード美術学校を優秀な成績で卒業した後、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートへの入学を認められます。しかし、その前に兵役を終えてなければならなかったため、ホックニーは約2年、良心的兵役拒否者として病院に勤務しました。その間は、あまり制作活動を行わず、もっぱらプルーストを読んでいた時期もあったといわれています。
キャリア初期
病院での勤務を終えると、ホックニーはロンドンに移動し、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの絵画研究科へと進学します。同校では、のちにイギリスのポップ・アーティストとなるR.B.キタイ、アレン・ジョーンズらの学友と交流を深めながら、自らの進むべき道を模索しました。
この頃から、ホックニーは自身が同性愛者であることを強く意識し、作品には好んで男性のヌードを扱うようになりました。それは、ロンドンでの学生生活において、自分のセクシュアリティを他者に知られることに、恐れがなくなったからと考えられるでしょう。
また、ホックニーはロンドンで開催されたピカソ展に感銘を受けます。自在に作風を変えていくピカソに影響を受け、ホックニーの表現形式は自由で新しいものへと向かっていきました。紅茶のパッケージを再現した変型カンヴァスの作品《イリュージョニズム風のティー・ペインティング》にも、その影響をみることができます。
ロサンゼルス時代
ロイヤル・カレッジ・オブ・アートを卒業後、初めて開催した個展では作品が完売し、国内外のさまざまな展覧会にも出品するなど、ホックニーは着実に活躍の場を広げていきました。
1964年、28歳のホックニーは憧れの地でもあったロサンゼルスに初めて滞在します。これを転機として、ロサンゼルスの陽光や空、開放的な住宅などに着想を得た作品を制作するようになりました。その後ロンドンに帰国しますが、その約2年後、再びカリフォルニアを拠点として活動するようになります。
ホックニーは「水しぶき」や「プール」といったシリーズの制作に加え、人物を並置する「ダブル・ポートレイト」を描くようになりました。また、この時期から多くの写真を撮影し、絵画制作の参考とするようになりました。
デイヴィッド・ホックニーの画風やエピソード
現在もなおその名声を保ち続けるデイヴィット・ホックニー。その画風やエピソードについて解説します。
アメリカ西海岸を感じる華やかな色調
ロサンゼルスでの生活は、ホックニーの作風に大きな変化をもたらしました。画面は西海岸の青空や陽光を連想させる明るい色調となり、変則的に揺らめく水のある風景が多く描かれるようになりました。
ホックニーが描くプールの水面や水しぶきは写実的ではありません。しかしそこには、西海岸の輝くような日差しを受けた水の透明性と流動性が表れています。そして、背景にある水平垂直な線で描かれた人工的な建物との対比によって、水の移ろいはより一層際立っています。
また、青々とした芝生を潤すスプリンクラーも作品の主題となりました。スプリンクラーから吹き出す水しぶきは平坦に描かれていますが、光と空気を含み、霧のように吹き出す様が繊細なタッチで表現されています。1964年から約4年続いたホックニーのロサンゼルス時代には、このような華やかな色調で描かれた作品が多く制作されました。
アクリル素材の使用
ホックニーがロサンゼルスを拠点に活動していた時代から、作品には当時新しい素材であったアクリル絵の具が使われるようになりました。プールや水しぶきなどのシリーズのほか、ダブル・ポートレイトなどの代表作にアクリル絵の具が使われています。
アクリル絵の具は1950年代に開発されました。ツヤのある質感で透明度も高く、多彩な表現が可能な素材です。ホックニーは、太陽に照らされた郊外の風景を描くのに適していると感じたようです。背景となる建物や壁などは均一に塗り、流動性のある水は濃淡をつけるなど、巧みに描き分けました。これらの作品の多くは、ポップ・アートと関連付けられるようになりました。
フォト・コラージュ作品
1960年代の終わりになると、ホックニーの作品は次第に写実性を高めていきました。絵画制作のために、大量の写真を撮影するようになったのもこの頃です。しかし、実際に写真そのものを作品に利用したのは、1982年、ホックニーが45歳の時でした。

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彼はパリのポンピドゥ・センターで開催する個展準備のため、撮りためたポラロイド写真でコラージュを始めます。ポラロイド写真には白い枠があるため、規則的に並べるとグリッド状に分割されたように見えます。このフォト・コラージュは、対象を複数の視点で捉えるキュビズムを写真で実践し、深化させた、新たな試みでした。
その後、素材は白い枠のない35ミリフィルムになります。重ねて繋がれた写真はひとつのイメージとなり、より自由な形態になりました。写真を繋ぐということは、その枚数分の距離、時間、光のズレが表れるということです。フォト・コラージュは写真として分解された対象をもう一度よく観察し、再構築して生まれた作品でした。
舞台芸術
ホックニーは1973年に拠点をパリへ移しました。この頃、彼は現実の世界をありのままに描こうとする自然主義に行き詰まりを感じていました。試行錯誤を重ねながら制作していましたが、パリで舞台芸術を手がけたことをきっかけに、対象を「見る」ことを深く追求するようになります。
1975年にストラヴィンスキー『放蕩者のなりゆき』の舞台デザインと衣装を担当すると、1978年にモーツァルト『魔笛』のオペラ公演、さらにはメトロモリタン・オペラハウスの「3曲公演」と、次々にオペラの舞台美術と衣装を手がけました。
舞台芸術という仕事に関わったことで、現実の空間に対して新たな認識が生まれ、それは次なる絵画や写真の作品にも影響を与えていきました。
アンディ・ウォーホールとの出会い
ホックニーよりも9歳年上のアンディ・ウォーホールは、商業デザイナーとしてキャリアをスタートさせた後、1960年代初頭には、世界的に有名なキャンベルのスープ缶を描いた作品群を発表しました。
一方、この頃のホックニーは「ヤング・コンテンポラリーズ」展で注目されていました。同展では、もっともポップ・アートに近い作品とされる《イリュージョニズム風のティー・ペインティング》を出品していますが、ホックニー自身は、ポップ・アートにはあまり興味がなかったとのちに語っています。
それでも、自身の個展で得たお金で向かった先はニューヨークにあるアンディ・ウォーホールのアトリエ「ファクトリー」でした。各界の著名人が集う場所で数々の名作に触れた翌年、ホックニーはロサンゼルスに初めて滞在することとなりました。
デイヴィッド・ホックニーの代表作
新たな試みを探求しながら前進し続けるデイヴィット・ホックニーの、代表作といえる3つの作品を紹介します。
We Two Boys Together Clinging(少年が互いにしがみついている)
1961年に制作された作品です。この頃イギリスでは、いまだ同性愛は違法とされていました。しかし、ホックニーは自分のセクシュアリティを公にすることをいとわず、同性愛を主題とした多くの作品を描いています。
本作のタイトルには、アメリカの作家ウォルト・ホイットマンの詩が引用されています。また、構図は「2人の少年が一晩中崖にしがみつく」という登山事故が記された新聞記事に由来するとされています。男性間のエロティシズムを、荒々しい落書きのようなスタイルとユーモアで表現した、ホックニー初期の名作です。

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A Bigger Splash(ア・ビッガー・スプラッシュ)
時が止まっているかのような静けさのなかに立ち上がる、大きな水しぶき。それは、飛び込み台から大きく大胆に水面下へ潜ったであろう人物の存在を示しています。写真で捉えた一瞬のなかに、流れゆく時間を内包している、ホックニーの代表作です。
水しぶきの表現は、それまではカンヴァスに絵の具をはね飛ばす手法が主流でした。しかし本作では、水しぶきを撮影した写真をもとに、細い筆で丹念に再現し、完成するまでに2週間を要したといわれています。1967年に制作されたこの作品は、1973年に自ら出演したセミドキュメンタリー映画「彼と彼 とても大きな水しぶき」のタイトルにもなりました。

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芸術家の肖像画―プールと2人の人物―
ホックニーの代表作のひとつである本作は、2018年開催のクリスティーズ・ニューヨークのオークションで、約102億円で落札されました。当時、現存するアーティストとしては過去最高の落札額と話題になった作品です。本作はプールを描いたシリーズのなかで、最後の大作となりました。
2人の人物は、かつての恋人ピーター・シュレジンジャーの写真と、泳ぐ人物の写真という別々の写真から着想を得たものです。完成した作品では、水中を泳ぐ人物はホックニー自身となりました。静寂な空気に広がる、画家の感情にも思いが巡る作品です。

デイヴィッド・ホックニーを収蔵する主な美術館
デイヴィット・ホックニーは多くの人を魅了する、世界でもっとも人気の高い画家のひとり。彼の作品を収蔵する美術館を紹介します。
テート・ブリテン (英国)
テート・ブリテンは、イギリスのロンドンにある国立美術館で、もとは「国立イギリス美術館」として開館しました。テート・ネットワークには4つの美術館がありますが、テート・ブリテンは1500年以降の幅広い作品を所蔵するもっとも古い美術館です。
ホックニーのコレクションは100点を超え、前掲の《A Bigger Splash》(ア・ビッガー・スプラッシュ)、またダブル・ポートレイトの《クラーク夫妻とパーシー》など、数々の代表作を所蔵しています。
ルイジアナ近代美術館(デンマーク)
世界一美しいと称されるルイジアナ近代美術館。デンマークのコペンハーゲンから電車で30分ほどの郊外に位置しています。1958年、実業家のクヌドゥ・W・ヤンセンが設立し、個人の別荘と敷地をベースにして、現在の美術館が完成しました。
本美術館は、ホックニー近年の代表作《A Closer Grand Canyon》(1998)を所蔵し、コレクションの中心として位置づけています。また、彼が2000年以降に描くようになった故郷のイギリス、ヨークシャー丘陵のドローイングも数多く所蔵しています。
ロサンゼルス郡美術館(アメリカ)
ロサンゼルス郡美術館は、約152,000点のコレクションを誇る、アメリカ西部最大の美術館。LACMA(ラクマ)の愛称で市民に親しまれています。複数の棟で構成される広大な美術館で、アメリカ美術をはじめ、ヨーロッパ、イスラム、日本など、幅広い作品を鑑賞できます。
ロサンゼルスはホックニーの故郷ともいえる地であり、絵画やドローイングなど約150点もの作品を所蔵しています。1988年の回顧展を皮切りに、さまざまな展覧会を主催している美術館です。
まとめ:対象を深く見つめることからはじまる革新的な作品づくり
現在は活動の拠点をフランスのノルマンディーへと移したデイヴィット・ホックニー。ありのままの自分で、ありのままの姿を描こうとする作品づくりへの姿勢は今も変わりません。そうして生まれた作品は時代を越え、これからも多くの鑑賞者を魅了し続けるのではないでしょうか。
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