版画は図や装飾、絵を彫刻した版材を印刷したものです。
その種類は多岐に渡り、それぞれ個性や特徴を持ちます。日本で有名な数々の浮世絵も版画の技法で作られました。今回はそんな版画についてアートリエ編集部が徹底解説。
特徴や各技法について分かりやすくまとめています。「版画にどんな技法があるのか知りたい」「絵画との違いなどを知りたい」といった考えをお持ちの方には必見の内容です。ぜひ最後までお読みください。
版画とは?
版画とは彫刻や加工をした「版」にインクなどの塗料を付けて、紙に写す印刷技法です。原版があれば複数枚刷れることから、絵画作品の複製・流通手段として扱われました。
以降からは版画がどういった存在なのかを説明していきます。
版画と絵画の違い
版画は木材や石、金属の板を加工した版を介する「間接技法」と呼ばれるものです。一方、絵画作品は作者がキャンパスなどに描く「直接技法」であるため、技法の面でまず違いがあると言えるでしょう。
なお、絵画という言葉自体は「平面上に表現されたもの」という定義があります。
その定義通りに捉えるならば、絵画というカテゴリーの中に版画という分野が含まれる形になるでしょう。
版画の特徴
複製性
複製と聞くと「偽物」のようなイメージを思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、版画では複製を前提に版の製作をするのが基本。
正規の作品が複数枚存在するのが版画の特性なのです。ただし、そうした性質であっても総印刷数を設定しているケースは珍しくありません。
印刷数を制限する理由としては、版画の劣化を考慮したものや作品の希少性維持などが考えられます。
版による印刷
印刷時に版を用いることが版画の大きな特徴です。
版の材料にはこれまで様々なものが使用されてきました。ちなみに印刷物は、その材料に応じた名称で呼ばれることが多いです。例えば銅版で印刷されたものは銅版画、木版で印刷されたものは木版画といった形に呼称されています。
なお、版に関しては「印刷時に行う紙面への着色で仲立ちとなるもの」という定義があります。
多彩な技法
版画は大きく分けると凸版画(とっぱんが)、凹版画(おうばんが)、平面版画(へいめんはんが)、孔版画(こうはんが)の4つに分類できます。
それぞれには多彩な技法が存在し、加工方法や扱う素材まで多種多様です。その中には現代の観点からするとコストや労力が見合わない技法も存在します。
芸術性と商業性
版画は実用的な印刷技術として発明されたものです。ある程度技術が発展してから美術的な扱いが増えていきました。しかし、初期のころは絵画を複製する手段としての版画活用が殆ど。版画そのものの芸術性については大々的に触れられていませんでした。
そういった経緯の中、19世紀中盤のフランスで版画の芸術性を改めて認識しようとする運動が発生。この運動の影響で版画家が多数生まれ、版画の芸術性も周知されていくようになります。
商業性という観点でも版画は使用しやすいものでした。特に作家たちの作品が市場に流通することに関しては、大きく貢献しています。また、作品が多くの人に見られることは、作者たち自身の認知獲得にも繋がっていきました。
エディションナンバーとは?
エディションナンバーは管理のために版画作品毎に割り振られた数字です。
シリアルナンバーとも呼ばれ、基本的に作品の左下方部余白に記入されます。この数字が記載されていれば、作品の印刷数や何番目に複製されたのかが一目で判別可能。
例えば50枚刷りの内、43枚目の版画である場合は43/50といった形の表記になります。ちなみにエディションナンバーは19世紀後半から使われ始め、日本でも1920年代の版画作品から確認できます。
そのため、それまでの年代で製作された殆どの作品には割り振られていません。
版画の種類
凸版画
凸版画は非描画部分のみに彫刻を行う版画形態です。彫刻をしない描画部分は出っ張り(凸部)となり、その個所のみローラーの塗料が乗ります。
版に描いたものを転写する時は、圧をかける機器や道具としてプレス機やバレンを用いるのが一般的です。また、紙に直接押し当てて刷る関係から、意図する絵柄を左右逆にして彫る必要があります。
そんな凸版画の起源はおよそ7世紀ごろの中国です。それ故、版画の種類の中では最も古い形態だと見なされています。なお、後述する木版画やリノカットは凸版画の代表的な技法で、他には活版印刷やフレキソ印刷などもあります。
木版画
木製の凸版(木版)を使って和紙などに刷ったものを木版画と言います。木版画は木口木版と板目木版の2通りに分かれているのが特徴です。
この内、木口木版では繊維に逆らうようにカットした輪切り木材を使用。耐久性や硬さに優れるため、繊細な描写が行えます。一方、板目木版では前者よりも硬くない板目板を使用するのがポイント。木に柔らかさがある分、彫刻のしやすさに優れています。木口木版は海外で誕生したこともあり、国内の木版画というと板目木版を指すことが多いです。
木版画が日本に伝わったのはおよそ8世紀ごろでした。そこから800年ほどは仏教書や兵法書の印刷に活用されています。そして江戸時代になると職人たちにより、更に技術が発展。浮世絵なども木版画を主流にして刷られていきました。
リノカット
リノカットは合成樹脂材であるリノリウムを版に用いる技法です。リノリウムは亜麻仁油や木粉、樹脂、石灰岩などを混合して固めたもので、柔らかい性質なのが特徴。
細い腺が描きづらいものの、木目のある木材より彫りやすいです。また、版の素材としては比較的リーズナブルなのも魅力。一般的な彫刻刀で作業が行えるという点も含めて、リノカットは初心者でも取り組みやすい技法だと言えます。
そんなリノカットは20世紀初頭から美術分野で扱われました。1930年代後半にはマティスとピカソが作品作りを行い、技法としての注目を浴びていきます。ちなみにピカソは順番通りに薄い色から濃い色を刷るリノカットで、あえて刷る順番を変更することにより、迫力のある作品製作を行いました。
凹版画
凹版画は凸版画とは異なり、描写箇所に物理的処理をした版を用いる版画形態です。版に塗料を着色した後は、削ったりへこみのある部分(凹部)以外を一旦拭き取ってから印刷します。
後述する銅版画はヨーロッパを中心に長く扱われました。その関係から西洋凹版画の代表格とされています。
銅版画
銅版画は彫刻・加工を施した銅板の版による印刷技術です。直接法(直刻法)と間接法(腐食法)といった2通りのやり方があり、それぞれ凹部を作る経緯や表現が異なります。
直接法ではその名の通り、手作業で銅板を削って版を製作します。この内、彫刻道具のビュランで凹部を作った版がエングレービングです。デューラーなどが作品製作を行いました。他にもまくれた部分も持ち味とするドライポイントや階調表現に優れるメゾチントなどの手法があります。間接法は塗った防食剤を剥がすように描写した後、腐食液の作用で凹部を作るのが一般的です。
この方法では、その性質を利用したエッチングや松脂などを加熱・定着して独特の効果を生み出すアクアチントなどが存在します。銅版画は15世紀初頭の時点ですでに存在が確認されていました。元々は金属細工師が金属板に図案を彫刻したことが発端となっています。
16世紀にもなるとヨーロッパ全域に発展した技術が広がりました。
平面版画
平面版画、および平版は滑らかで平らな版を使った印刷技法です。これまで紹介した凸版画や凹版画とは異なり、基本的には版に物理的な加工を行いません。
平版画で代表的なものとしては、次項のリトグラフやコロタイプなどが挙げられます。なお、現在殆どの印刷物で扱われているオフセット印刷も平版画の一種です。
リトグラフ
リトグラフは水と油の反発作用を利用した平版画です。版はアルミ板や亜鉛板に油脂画材(リトクレヨンなど)で描いた後、アラビアゴム液(硝酸)を塗って製作します。そうしたリトグラフの版は描写箇所以外、水分を保つようになるのがポイント。その上でローラーを通じて油性塗料を描写部分のみに着色させるのがリトグラフの基本です。
リトグラフの特徴としては作者が描写した通りに印刷できることが挙げられます。細かいグラデーションや線まで思い通りに表現できるのは、当時の技術としては革新的なことでした。この技法は平版画の中で最も古く、1798年にドイツで発明されています。発明当時は技法名通り、版の素材にリトグラフ石(石版)が使われていました。
コロタイプ
コロタイプは滑らかな濃淡が特徴的な技法です。版材には厚いガラス板を用いることが少なくありません。同技法では、まず板に感光液やゼラチンを塗布した後、加熱・乾燥処理をすることで版面に細かい皺(レチキュレーション)を発生させます。
その上で写真のネガを重ねて露光を行い、光が当たる箇所のゼラチンを硬化。すると該当個所は水分を受け付けず、インクのみが乗るようになります。その性質を利用して印刷を行うのがコロタイプです。
コロタイプは複数存在する写真印刷法の中でも特に古い歴史を持つ技法です。技術そのものはフランスで誕生し、ドイツのヨーゼフ・アルバートによって1876年に実用化されました。
現代ではカラー印刷の難しさや効率面・耐久性の問題もあり、主流の技法にはなっていません。
孔版画
孔版画は細かい孔(あな)を版に施す版画形態です。印刷時は塗料を孔から流すようにして色付けを行います。
この版画形態では、後述するシルクスクリーンやポショワールが代表的です。また、この孔版画は印刷の種類こそ少ないものの、製版方法自体は豊富なのが特徴。例えば、版に型紙を切って貼り付けるカッティング法や乳剤で特定の画材を落とす直間法などが存在します。孔版画および、シルクスクリーンは古代中国で行われた絹織物の染色技法が起源です。
版画技術として本格的に扱われるようになったのは20世紀初頭あたりからになります。
シルクスクリーン
シルクスクリーンは、メッシュ(透けるほどの網目がある布、紗とも呼ばれる)を張った枠を使う技法です。メッシュ部分には描画内容に合わせて目止め(塗料が流れないようにする処理)を行います。
その後、スクイージーという道具で網目から塗料を押し込んで印刷するのが基本です。元々メッシュに絹を使っていた影響でシルクスクリーンと呼ばれていますが、現在では絹以外の素材を使うことも珍しくありません。
その場合は主にナイロンやポリエステルが使われます。そんなシルクスクリーンの特徴は、グラデーション表現やカラーリングの鮮明さに長けていること。また、細部の描写も行いやすい傾向にあります。
ポショワール
ポショワールとは切り抜いた金属の型紙版(銅や亜鉛など)を使った西洋版画です。印刷時は孔に沿うように、型紙版の上からスプレーや刷毛で塗料を付けていきます。
この技法はステンシル技法とも呼ばれました。技法の特徴としては彫刻刀を使わないことや色彩が均一になりやすいことが挙げられます。
また、手作業の温もりを感じやすい仕上がりになることも魅力の一つだと言えるでしょう。ただしその反面、色数が多い作品では版の数を増やさなければいけません。
このポショワールは20世紀初頭にフランスの版画家が生み出しました。1920年代中盤ごろには生産量などでピークを迎えますが、それからは手間暇やコストの関係でその数は減少。第2次世界大戦後にもなると、ポショワールで作られた版画は目にすることが無くなっていきます。
まとめ:版画は複製性に優れ様々な技法が存在する
以上、版画についての詳細や特徴、絵画との違い、各技法についての解説を行いました。今まで版画のことを知らなかった方も本記事を通して、理解を深めて頂ければ幸いです。
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