はるか昔、古代エジプトや古代ローマの時代から『肖像画』は描かれてきました。近年では「ポートレート」といった方が馴染みがあるかもしれません。
古代から中世キリスト教時代、ルネサンス、宮廷画そして現代と、時代により肖像画は意味合いを変化させつつ描き続けられてきました。また東洋の国々でも、肖像画は独自の発達をしていきます。
この記事ではアートリエ編集部が、肖像画についてわかりやすく解説します。
肖像画の定義とは?
絵画には「風景画」や「静物画」などさまざまなジャンルがありますが、人物の描写に重点が置かれている絵は「人物画」と呼ばれます。人物画には、歴史的出来事や人物を描いた「歴史画」、人びとの普段の生活を描写した「風俗画」などがあり、なかでも特定の人物を描いた絵画作品を「肖像画」、画家が自分自身を描いたものを「自画像」としています。
肖像画は技法などで分類されているわけではなく、描かれた時代や目的によって写実的だったり、理想化されていたり、抽象的だったりとさまざまです。
フランスでは17世紀頃から国家による美術教育機関「芸術アカデミー」が創設され、絵のテーマによる格付けが行われていました。アカデミーでは「歴史画」が最も格式が高く、次いで貴族や富裕層がモデルになるケースが多かった「肖像画」、次に庶民の生活を描いた「風俗画」、その下に歴史画の背景としか見られていなかった「風景画」といったように、キリスト教の価値観や身分によって決められていました。貴族たちは自らの権力を示すために肖像画を発注し、画家側も、格式が高いとされていて経済的な後ろ盾も期待できる肖像画を積極的に描いていました。
肖像画の起源と歴史
古代世界の肖像画
肖像画の起源は、古代エジプト、ギリシア、ローマ時代にまでさかのぼります。古代ローマのプリニウスが著した「博物誌」には、出征する前の恋人の影を松明の光で壁に映してその輪郭を線でなぞったのが肖像画のはじまり、という言い伝えが記されています。
写真の無い時代、肖像画は唯一の「生きた証」を残す方法でした。ギリシアがローマの支配下となったヘレニズム期に入ると、それまで様式化されていた肖像画は写実的に変化していきます。古代ローマのポンペイ遺跡で発掘されたフレスコ画は、まるで現代の家族写真のようなあたたかい趣で描かれています。またエジプト・ファイユーム地区から出土したミイラには、遺影のように写実的な肖像画が縫い付けられていました。
やがてキリスト教がローマ帝国の国教になると、個人の肖像文化は衰退。様式化されたキリスト教美術が発展し、再び肖像画が注目されるにはルネサンスの到来を待たなければなりませんでした。
ルネサンス 肖像画の復権
中世キリスト教時代も終盤の14世紀になると、宗教画だけでなく王侯や聖職者ら高貴な人々の肖像画が制作されるようになります。それらは、古代ローマのコインの肖像のように真横を向いた肖像画でした。
15世紀に入り「人間性の復活」を掲げたルネサンス期に入ると、個人の肖像画が芸術のひとつのジャンルになります。特にネーデルラント地方では、この地で確立された油絵具による写実的で精密描写の肖像画が発達。現在の肖像画の基本となっている “モデルが少し斜めを向いたポーズ” 四分の三正面像が登場します。ネーデルラント絵画はやがてイタリアにも波及します。16世紀にダ・ヴィンチの「モナ・リザ」が生まれるのです。
一般市民の肖像画が生まれたオランダ
17世紀・バロック期に入ると、今のオランダ、北部ネーデルラントでは貿易によって経済力をつけた市民たちが勃興します。彼らが家に飾る絵として「風景画」や「風俗画」を購入するようになり、一般市民の肖像画も描かれるようになりました。有名なレンブラントの「夜警」も、「集団肖像画」とよばれる市民自警団の集団肖像画なのです。
写真の登場 肖像画の変化
19世紀中頃になると「写真」の技術が確立します。それまで「写実的に描くこと」が目的だった肖像画ですが、カメラの登場によってその目的は大きく変化することとなります。画家たちは、人物の個性を浮かび上がらせ内面の世界を表現する、絵画ならではの表現を追求するようになりました。
外面にとらわれず、人間の精神や感情をあらわそうとする抽象的な肖像画も登場します。
東洋の肖像画
肖像画は西洋だけのものではありません。中国では、古くから肖像画が絵画の主要なジャンルとして確立されていました。6世紀唐の時代には既に名の知れた宮廷画家が活躍し、宋代・明代・清代と、より細密で写実的な肖像画が制作されました。
中国から強い影響を受けた日本でも、肖像画は盛んに描かれます。日本独特の大和絵がおこると、「似絵(にせえ)」と呼ばれる写実的な肖像画が登場。平安時代末期から鎌倉時代には、天皇や貴族や武士、僧侶の肖像画が描かれました。
西洋史に残る有名な肖像画
「モナ・リザ」 レオナルド・ダ・ヴィンチ
美術史上最も有名な絵画「モナ・リザ」のモデルは一体誰なのか。長いあいだ人々の関心の的でした。2005年、ドイツ・ハイデルベルク大学図書館において「レオナルドがジョコンド夫人の肖像を描いている」という1503年に書かれたメモが発見されます。これによって、モナ・リザはフィレンツェの商人・ジョコンドの妻・リーザであると考えられるようになりました。
輪郭をぼかした革新的な技法「スフマート」を駆使した、謎めいた微笑み。ダ・ヴィンチはこの絵を生涯手放しませんでした。
「真珠の耳飾りの少女」ヨハネス・フェルメール
17世紀のオランダの画家・フェルメールの代表作。黒い背景に浮かび上がる少女の姿が印象的ですが、正確に言うとこの絵は肖像画ではありません。当時オランダには、歴史画など多くの人物が登場する作品を描くために、技術やスタイルの研究する「トロニー(頭部)」と呼ばれるキャラクター研究の作品が、ひとつのジャンルとして確立していました。この作品もフェルメールの「トロニー」。特定のモデルの肖像ではないからです。
印象的な青いターバンは通称フェルメールブルーと呼ばれる「ウルトラマリンブルー」。高価なラピスラズリを原料としています。
「マルガリータ王女の肖像」ディエゴ・ベラスケス
17世紀のスペイン黄金時代を代表する画家・ベラスケス。フェリペ4世に認められ、宮廷画家として30年以上ものあいだ王室一族を描き続けました。中でもフェリペ4世の娘、幼いマルガリータの肖像画を成長記録のように数枚描いています。マルガリータは幼い頃から神聖ローマ皇帝レオポルト1世へ嫁ぐことが決まっていました。ベラスケスが描いた3歳、5歳、8歳のマルガリータの肖像画は、レオポルト1世の元へ送られたいわば見合い写真のようなものだったのです。マルガリータは15歳でレオポルト1世へ嫁ぎ、21歳の若さで亡くなりますが、肖像画の中で生き続けています。
「サン=ベルナール峠を越えるボナパルト」ジャック=ルイ・ダヴィッド
ナポレオンといえばこの絵が思い浮かぶほど有名な肖像画。フランス新古典主義を代表するフランスの画家・ダヴィッドの作品です。アルプスを越えるナポレオンの勇姿を描いた一枚ですが、「英雄」としてのナポレオンを強調して描いた作品としても知られています。白馬にまたがり、颯爽と天を指さすナポレオンですが、本当のところこの険しい峠を馬で越えるのは無理なので、ラバにまたがって一歩一歩越えたのです。絵の左下の岩には「ハンニバル」「カール大帝」と並んでナポレオンの名が。歴史上の英雄と並び立つ存在であることを誇示しています。
「麦わら帽子の自画像」ヴィジェ=ルブラン
自信に満ちた表情でこちらを見つめる若く美しい女性。貴族の娘の肖像画かと思えば、手に持っているのは絵筆とパレット。当時、市民階級の肖像画は職業を示すものと一緒に描かれました。実はこれは肖像画ではなく、画家の自画像なのです。描いたのはヴィジェ=ルブラン。マリー・アントワネットの肖像画家として知られる美貌の女流画家です。女性心理を理解し、その人物の容姿の最も優れた点を強調して描いたルブランは、女流画家として異例の高い評価を受けました。ルブランは多くの自画像を残しています。
なぜ肖像画を描くのか?
肖像画は、その時代や社会的背景によってさまざまな意味を持ちました。写真の無かった時代、「その人を記憶にとどめておく」ことは肖像画の大きな役割でした。エジプトのミイラに縫い付けられた肖像画などがその例です。
権力者にとっては、その威厳や地位を示すために肖像画はなくてはならないものでした。自分の姿を示す唯一の方法であった肖像画。威厳を持った姿を描くことで、支配力を示したのです。リーダーの英雄的な姿を描いて国民に示すなど、しばしば政治的プロパガンダにも肖像画が利用されました。
写真が発明され、写真のリアリズムが普及してくると、肖像画の目的は変化していきます。写実性から解放された肖像画は、新たなアプローチを模索するようになります。人物の外観だけでなく内面や感情を重視した肖像画や抽象的肖像など、従来とは異なる表現が取り入れられるようになっていきます。
現代における肖像画の新しい取り組み
現代の肖像画は、新たな技術やメディアを採り入れたさまざまな取り組みが行われています。コンピュータと周辺装置、ソフトウェアを活用し制作するデジタルペインティングによって絵筆では不可能な表現をしたり、3Dモデリングで彫刻のように奥行きを持った肖像を作成するなど、新たな表現が試みられるようになりました。また、ARやVR、AIなどの最新技術を用いた肖像画も登場しています。アーティストはこれらの技術を組み合わせ、鑑賞者がインタラクティブな体験ができるような新しい肖像画を生み出しています。
まとめ
描かれている人や服装、描かれ方。肖像画はその時代を映す鏡でもあります。写真によるポートレートの登場によって、その意味合いも大きく変わりました。そして現在、AIの登場や仮想現実で肖像画はまたその姿を大きく変えようとしています。
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