こんにちは、アートリエ編集部です。
今回は、ノルウェーの至宝ともいえるエドヴァルド・ムンクの代表作『叫び』について、徹底解説していきます。
『叫び』は誰もが一度は目にしたことがある、有名な絵画ですが、その背景や意味を詳しく知っている方は少ないのではないでしょうか。
この記事では、ムンクが描いた『叫び』の特徴やエピソード、バージョンごとの違いについて詳しく解説します。
叫び(ムンク)の作品概要
『叫び』は、ムンクが人間の内面的な不安や絶望を表現した作品であり、彼の「生命のフリーズ」シリーズの一部です。

以下は、『叫び』の概要です。
- 作者:エドヴァルド・ムンク
- 作品名(原題):『叫び』(Skrik / The Scream)
- 制作年:1893年
- 技法・素材:油彩、テンペラ、パステル、厚紙
- サイズ:91 cm × 73.5 cm
- 現在の所蔵先:ノルウェーの国立美術館(Nasjonalmuseet)
- ジャンル:象徴主義の影響を受けつつ、後に表現主義の原点とされる
叫び(ムンク)の特徴
『叫び』は、その象徴的な構図と感情的な表現で広く知られています。

特にノルウェーの自然との関連性や、ムンクの内面的な不安を反映した大胆な色使いは、この作品の魅力を深めるために知っておきたいところ。
また、ムンクが『叫び』に込めた感情や、技法の特性は独自性が高く、芸術史において重要な役割であるといえます。
ここからは、『叫び』の特徴それぞれを掘り下げていきましょう。
ノルウェーの至宝
『叫び』は、ノルウェーの象徴的なアート作品であり、同国を代表する文化的遺産です。

エドヴァルド・ムンクは、19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した画家であり、彼の作品は特にノルウェー国内で影響力を持っているのです。
『叫び』はムンクの内面世界を反映し、特にその感情の激しさが多くの方々に共感を呼び起こしたといえます。
強烈な感情表現
タイトルからもわかるように、自然が発する悲鳴がテーマとなっています。
中央の人物は、まさに内面に渦巻く不安や恐怖に耐えられず、口を大きく開き、両手を頬に当てた姿で描かれています。
その身体はぐにゃぐにゃと曲がり、不安定さを表しているかのようです。
こうした表現は、単なる現実の模写ではなく、ムンクの心情や内面世界をそのまま投影したものとされます。
この感情表現の背景には、ムンクが体験した「自然の叫び」が大きく影響しています。
彼の日記には、ある晩フィヨルドを歩いていた際、空が血のように赤く染まり、その瞬間、自然全体が悲鳴をあげているように感じたことが記されているのです。
この情景は、1883年のクラカトア火山の噴火による異常な空の色に関連しているという説も。
また、赤く染まった空は、絵が描かれた場所近くの屠殺場や、当時精神病院に入院していた妹の存在とも関連づけられることがあります。
こうした要素が組み合わさり、人間の苦悩を象徴する強烈なビジュアルによる感情表現が生まれたのです。
『叫び』におけるムンクの大胆な感情表現は、後に表現主義芸術に影響を与えることとなり、彼の内面の不安や絶望を見事に体現しています。
大胆な色使い
『叫び』において特に空の赤やオレンジ、そして暗い地面とのコントラストは、不安定な世界観を表現しています。
背景の空は、ムンクが実際に目撃した「血のように赤く染まった」空の情景に由来し、その異常さが作品全体の緊張感を高めています。
この赤い空と対比するように、フィヨルド(氷河によって形成された深い入り江)や地面は暗い色調で描かれ、自然すら歪んでしまったのような印象を受けます。
空の渦巻くような表現と、下部に描かれた暗い大地の流動的な線は、ムンクが抱えていた内面的な不安や恐怖を象徴しているかのようです。
背景にはぼんやりと2人の人物が描かれており、彼らの存在感は薄く、はっきりとした輪郭がないため、不安定さが際立ちます。
こうした大胆な色彩と曖昧な背景の人物たちによって、ムンクは人物の苦悩や不安を主観的に表現したのだと考えられます。
4枚ある《叫び》
実は、ムンクが描いた『叫び』には4つの異なるバージョンが存在します。
4枚は、それぞれ異なる技法や素材で制作され、ムンクの内面的な不安や恐怖が繰り返し描かれることで深みを増していきました。
1893年のテンペラ版が最も有名ですが、1895年のパステル版、1910年の油彩版、さらにリトグラフ版も存在します。
各バージョンについては後ほど詳しく説明しますが、いずれも共通して、背景に赤い空やフィヨルドが描かれ、ムンクの感情表現が反映されています。
連作「生命のフリーズ」
『叫び』は、ムンクの連作「生命のフリーズ」の一部として位置づけられています。

この連作は、愛、不安、死といった人間の根源的なテーマを扱った作品群であり、ムンクが自身の内面を探求する中で生まれたものです。
ムンクは、生命を「フリーズ(frieze:古代ギリシャやローマの建築で用いられた、柱の上部に帯状に配置された装飾的な彫刻や絵画を指す用語)」として捉えました。
そして、連続的な物語や場面を一続きに描く手法として採用しました。
つまり、自身の作品を帯状に並べ、生命の連続性を表現したのです。
「生命のフリーズ」の構想は、ムンクが個展でこうした作品を帯状に並べて展示したことから始まりました。
『叫び』や『不安』『絶望』などが代表的な作品として知られており、特に『叫び』はその中で「不安」を象徴する作品とされています。
ムンク自身の過酷な人生経験、家族の死や自身の精神的苦悩が、この連作を通じて反映されています。
ムンクの「生命のフリーズ」は、単なる絵画の連作を超え、人間の感情や生と死の循環を表現した壮大なビジョンであり、その各作品が互いに共鳴し合っているのです。
叫び(ムンク)のエピソード
『叫び』には、ムンク自身の体験や当時の社会的背景が深く関わっています。

制作時にムンクが影響を受けた出来事や、作品に隠された謎めいたメッセージなど、さまざまなエピソードが作品に関連しているのです。
ここからは、こうしたエピソードを紐解き、作品の理解をさらに深め、観賞する際の視点を広げていきましょう。
制作の着想を得たエピソード
ムンクが『叫び』を描く際の着想源は、彼がオスロ近郊のエーケベルグの丘で体験した異常な自然現象とされています。
夕暮れ時に友人とフィヨルド沿いを散歩していた彼は、突然空が血のように赤く染まったことで、その場に立ち尽くし、不安と恐怖に襲われました。
このとき、自然全体から発せられる「無限の叫び」を感じ、それが彼の内面に深く響きました。この体験が、後に『叫び』における象徴的な表現に結びついたのです。
他にも、背景に描かれているものが火山噴火による赤い空や、オスロ付近で観測された珍しい真珠母雲と捉えられるといった複数の説があります。
現代では、そうした現象をムンクが見たことが『叫び』の発想元となっている可能性が指摘されています。
『絶望』と『不安』
ムンクは『叫び』を描く前に、同じ構図を用いた作品『絶望』を制作しています。
『絶望』では、個人の悲しみや世界に対する絶望感が描かれており、この作品が『叫び』の直接の前身となりました。
『叫び』では、個人の内面に焦点を当て、普遍的な「不安」を表現しています。
そして、その後に制作された『不安』では、群衆に広がる集団的な不安が描かれ、この連作は彼の「生命のフリーズ」シリーズの中でも重要な作品群とみることができます。
火山噴火との関連
ムンクの『叫び』の背景に描かれた赤い空について、一部の研究者は1883年のインドネシア・クラカトア火山の大噴火が影響している可能性を指摘しています。

この噴火によって、火山灰が世界中に広がり、太陽光が散乱されたことで、夕焼けや朝焼けが異常に鮮やかになりました。
ムンク自身も日記に、赤い空を「血のような色」と表現しており、火山噴火の記憶が作品に反映された可能性があります。
「狂人」の書き込み
『叫び』の1893年版の左上には、鉛筆で「狂人にしか描けない!」とノルウェー語で書かれた落書きがあります。
以前は誰かが悪意で書き加えたものと考えられていましたが、近年の赤外線スキャン調査によって、ムンク自身が書いたものであることが確認されました。
この書き込みは、彼の精神状態に疑問を投げかけられた当時の批評に対する反応として、ムンクが自身の感情を表現したものと考えられています。
パステル画バージョンが当時の史上最高額で落札
2012年、ムンクが1895年に描いたパステル版『叫び』が、ニューヨークのサザビーズで1億1992万2500ドル(約96億円)で落札され、美術品のオークション史上最高額を記録しました。

このパステル画は、ムンクの友人で支援者だったノルウェー人実業家の個人蔵で、唯一個人所有されていた『叫び』のバージョンです。
7人が競り合い、わずか12分でこの価格に達したことも話題となりました。
2度の盗難事件
ムンクの『叫び』は、これまでに2度盗難の被害を受けています。
最初は1994年、オスロ国立美術館から油彩画のバージョンがリレハンメル五輪の開催中に盗まれましたが、3か月後に無事に回収されました。
次は2004年、ムンク美術館からテンペラ版『叫び』と『マドンナ』が武装強盗団により強奪され、2年後に発見されましたが、特に『叫び』は深刻な損傷を受け、完全な修復は不可能でした。
他の『叫び』
『叫び』には複数のバージョンが存在し、それぞれが微妙に異なる表現をしています。
最も有名なのは1893年に描かれたバージョンですが、それ以外にもパステルやリトグラフがあります。
それぞれ、ムンクが異なる時期に制作しており、技法や感情表現の変化が見られる点が興味深いです。
以下からは、各バージョンについて見ていきましょう。
1893年版(テンペラ・パステル画)
1893年に制作された『叫び』のテンペラ版(時にパステルも使用)は、最も有名なバージョンであり、現在ノルウェーの国立美術館に所蔵されています。
この作品は、ムンクが自然と内面の恐怖を結びつけた強烈な感情表現が特徴です。激しい色彩と緊張感のある筆づかいが目を引きます。

1895年版(パステル画)
1895年に描かれたパステル画は、より柔らかな色調が特徴。
2012年にはオークションで約1億2000万ドルという驚異的な価格で落札されました。
このバージョンは、投資家のレオン・ブラック氏の個人コレクションとなっていますが、2012年10月から2013年4月の間、ニューヨーク近代美術館で展示されたこともありました。

1910年版(テンペラ・油彩画)
1910年ごろに描かれたテンペラ・油彩版は、オスロのムンク美術館に所蔵されています。
滑らかな表現が特徴で、特に空の渦巻くような描写は他のバージョンに比べて繊細さが際立ちます。

1895年版(リトグラフ)
1895年にはムンク自身の手によるリトグラフ版が制作され、複製が広く出回っています。オスロのムンク美術館で所蔵されています。
簡素な線のタッチで、感情の核心に迫る力強さが特徴です。
複製可能なリトグラフ版は『叫び』の普及に貢献したとされています。

まとめ
この記事では、ムンクの代表作『叫び』について、作品の概要、特徴、さらには制作の背景やバージョンの違いを詳しく解説しました。
ムンクが描いた4つの異なる『叫び』は、それぞれ異なる技法と表現で、彼の内面に渦巻く不安や恐怖を見事に描き出しています。
また、制作時のエピソードや火山噴火との関連性、2度の盗難事件など、多くの興味深いエピソードも作品に深みをもたらしていることがご理解いただけたのではないでしょうか。
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