20世紀最大の絵画の巨匠といえば、ピカソの名前を思い浮かべる方も多いことでしょう。アートが好きな人にとっても難解な作品が多いピカソには、「青の時代」と呼ばれたキャリアの期間があります。ピカソが20代前半ごろのことです。
後年の作風とは異なるわかりやすさがある青の時代は、その名称の通り、青い色彩が特徴。メランコリーな雰囲気があります。
巨匠となる前のピカソが歩んだ青の時代には、どんな特徴があるのでしょうか。ピカソの青の時代について、特徴や代表的な作品も含めてアートリエ編集部が詳しく解説します。
ピカソの「青の時代」とは

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ピカソの「青の時代」とは、ピカソのキャリアにおける初期の時代に訪れた転機です。当時の作品において、青い色彩ばかりが用いられたため、「青の時代」と呼ばれました。
ピカソ自身が精神的に不安定な時期を過ごしていたことが影響しており、作品には孤独や苦悩といった重いテーマが反映されています。 「青の時代」は1901年から1904年ころまで続き、後の「バラ色の時代」へとつながる架け橋となりました。
ピカソの生涯に関しては以下の記事で詳しく解説しているため、ぜひ併せてご覧ください。
「青の時代」が始まった背景

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ピカソの「青の時代」の背景には、親友カルロス・カサジェマスの自殺が影響しています。1901年にカサジェマスが恋愛問題で命を絶ったことで、ピカソは深い悲しみに沈み、精神的に落ち込んでしまいました。
普段は社交的で周囲と活発に交流していたピカソですが、この時期はほとんど人と会わず孤独を深めていきます。また、暗いテーマのため作品は当時の市場にほとんど受け入れられず、経済的にも苦しい状況が続きました。
この時期のピカソは、数年間うつ病を患っていたといわれています。
ピカソに関して詳しく知りたい方は、下記の記事もぜひ併せてご覧ください。
ピカソの青の時代の特徴

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ここでは、青の時代における作品の特徴を詳しく紹介します。
青を基調とした作品と対象となるテーマ
青の時代における作品の特徴は、青を基調とした色彩と、そこに込められた深い感情表現にあります。青年期特有の感受性に加えて親友の死が影響し、憂鬱や孤独、貧困といったテーマが繰り返し描かれました。
描かれた人物は盲人や物乞い、老人や売春婦など、社会から追いやられたような人々です。青や青緑の色調は、弱者たちの姿に静かな尊厳を与え、鑑賞者に深い印象を与えます。
青の時代はピカソの技術と感性が成熟し、画家としての新たな境地に足を踏み入れた時期でもあります。
同じキャンパスの再利用
最近の研究では、青の時代にピカソがキャンバスの再利用を繰り返していたことが報告されています。現在見られる作品の下に別の構図が残されていたり、別の作品のためにデッサンが描かれていたり、ピカソを研究するうえで重要な痕跡が残っています。
20代のピカソがどのように模索し作品を描いたのか、興味深い研究として注目されています。
時代ごとのピカソの作品に関して詳しく知りたい方は、下記の記事も参考にしてみてください。
ピカソの作品を時代ごとに徹底解説!作風の変化と時代ごとの代表作を詳しく解説します!
「青の時代」を乗り越えて訪れた「バラ色の時代」

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「青の時代」を乗り越えたピカソは、「バラ色の時代」を迎えます。「バラ色の時代」における作品は、ピンクやオレンジなど暖かみのある色が多く使われ、明るく生き生きとした雰囲気が印象的です。
このように変化した背景には、恋人フェルナンド・オリヴィエとの出会いがありました。
オリヴィエとの生活はピカソの心を少しずつ癒し、作品を描く表現にも希望や軽やかさが戻ります。
作品のモチーフもサーカスの道化師や曲芸師など、人間の儚さと明るさを併せ持つ存在へと変化しました。
青の時代の代表作品

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ここからは、青の時代の代表作品を紹介します。
- 自画像
- 青い部屋
- 人生
- 盲人の食事
- 年老いたギター弾き
- 二姉妹
- 海辺の母子像
1つずつ詳しくみていきましょう。
自画像
- 原題 Autoportrait
- 制作年 1901年
- 画材 油彩
1901年、2度目のパリ滞在時に描かれたのが≪自画像≫です。親友カルロス・カサジェマスを失った喪失感の中にあり、さらに経済的にも困難の時期にあったといわれるピカソの自画像です。
作品の中のピカソは、寒さから身を守るためにコートを羽織り、首のあたりまでボタンをきっちり留めています。視線はメランコリックで鬱々としていて、沈んだ青の色の表現から顔も青ざめて見えます。
ピカソが画家であることを示す筆やパレットもなく、ただひたすら悲しみに耐えているような表情が印象的な作品です。寡黙ささえも感じられる自画像からは、後年の華やかな活躍とは一線を画す空気が漂っています。
「自画像」は、現在フランス・パリのピカソ美術館に所蔵されています。ピカソの膨大な作品群を専門に展示する国立美術館です。1973年にピカソが亡くなった際、遺族が相続税としてフランス政府に納めた作品を中心に構成されています。
【国立美術館の情報】
開館時間 | 10:00~19:00 |
観覧料 | 一般:12ユーロ 18~25歳:7ユーロ 18歳未満:無料 |
休館日 | 月曜日 |
アクセス | プリンセサ駅から徒歩1分 |
HP | 国立美術館 |
※営業時間や入館料、休館日などの情報は変更になる場合があります。最新情報は公式ウェブサイトにてご確認ください。
青い部屋
- 原題 La chambre bleue
- 制作年 1901年
- 画材 油彩
青の時代において初期の代表作とされている≪青い部屋≫です。1901年、ピカソがパリのヴォワール・ギャラリーで最初の個展を開催した後に描かれたといわれています。
青い部屋の中心には浅い浴槽が置かれ、太もものあたりを洗う裸婦が1人存在しています。髪をまとめた女性のポーズは、ドガやロートレックの影響を受けている説もありました。
実際に、部屋の壁にはロートレック作≪メイ・ミルトン≫が飾られています。≪青い部屋≫が描かれる少し前に亡くなった、ロートレックへのオマージュともいわれています。
近年の赤外線による分析で、≪青の部屋≫の下には男性の肖像が描かれていることが判明しました。専門家たちは、ピカソのパトロンであったアンブロワーズ・ヴォラールである可能性を指摘しています。
≪青の部屋≫は、フィリップス・コレクションが所蔵しています。創設者ダンカン・フィリップス氏は、「ピカソがこの作風を3年で終了してしまったことは残念だ」と述懐するほど、この作品を愛しました。
フィリップス・コレクションは、1921年に開館したアメリカ初の近代美術館です。創設者ダンカン・フィリップスの想いと審美眼が反映された貴重な作品群を展示しています。
【フィリップス・コレクションの情報】
開館時間 | 10:00~17:00(日曜日のみ11:00~17:00) |
観覧料 | 一般:20ドル シニア:15ドル 学生:10ドル 18歳以下:無料 |
休館日 | 月曜日 |
アクセス | デュポンサークル駅から徒歩4分 |
HP | フィリップス・コレクション |
※営業時間や入館料、休館日などの情報は変更になる場合があります。最新情報は公式ウェブサイトにてご確認ください。
人生

- 原題 La vie
- 制作年 1903年
- 画材 油彩
青の時代における代表作だけではなく、ピカソの画家としてのキャリアにおいても重要な作品とされている≪人生≫です。197×127.5 cmの大きさからもピカソの意気込みが伝わる大作です。
代表作である≪人生≫は謎が多く、さまざまな解釈が存在しています。画面で最も目につくアダムとイブのような2人の男女は、亡くなったカサジェマスと恋人や、ピカソ自身だといった説もあります。
向かって右側には、男女とは対照的な母子像が描かれています。カサジェマスの恋人の未来像であるとか、生命のサイクルの象徴ともいわれますが、ピカソの真意は不明のままです。
2つの群像の間には悲嘆に暮れたように抱き合うもう1組のカップル、そして打ちひしがれた女性が描かれていて、全体からは生の喜びよりも悲しみや絶望が濃厚に伝わってきます。
≪人生≫は、アメリカ・オハイオ州にあるクリーブランド美術館が所蔵しています。東洋美術から現代アートまで幅広いコレクションを誇り、無料で公開されている点でも多くの来館者に親しまれています。
【クリーブランド美術館の情報】
開館時間 | 10:00~17:00(水、金曜日のみ10:00~21:00) |
観覧料 | 無料 |
休館日 | 月曜日 |
アクセス | Adelbert Road駅から徒歩4分 |
HP | クリーブランド美術館 |
※営業時間や入館料、休館日などの情報は変更になる場合があります。最新情報は公式ウェブサイトにてご確認ください。
盲人の食事

- 原題 Le repas d’aveugle(La comida del ciego)
- 制作年 1903年
- 画材 油彩
ピカソは青の時代に、貧しい人や身体障がい者の姿を数多く描きました。≪盲人の食事≫には、カトリック教会における聖餐を思わせる質朴さと敬虔さが感じられます。
ピカソが描いたキリストの血を表すワインや、肉を象徴するパンに触れる盲人は、不幸を超越した尊厳を有しています。ピカソが尊敬していたベラスケスや、エル・グレコの影響を指摘する研究者もいます。
当時のピカソの手紙には「盲人の近くには彼を見つめる犬がいる」と書かれていて、科学的な分析では作品中の皿の下あたりにその姿が認められるそうです。限られた色とシンプルな構図によって、力強さが伝わる絵画です。
ピカソの《盲人の食事》は、ニューヨークにあるメトロポリタン美術館に所蔵されています。メトロポリタン美術館は世界最大級の規模を誇り、300万点を超える収蔵品の中にピカソの貴重な作品も含まれているのが特徴です。
【メトロポリタン美術館の情報】
開館時間 | 10:00~17:00(金、土曜日のみ10:00~21:00) |
観覧料 | 一般:30ドル シニア:22ドル 学生:17ドル 12歳未満:無料 |
休館日 | 水曜日 |
アクセス | 5 Ave/E 80から徒歩2分 |
HP | メトロポリタン美術館 |
※営業時間や入館料、休館日などの情報は変更になる場合があります。最新情報は公式ウェブサイトにてご確認ください。
年老いたギター弾き
- 原題 Le vieux guitarriste aveugle
- 制作年 1903-1904年
- 画材 油彩
青の時代の終わりごろに描かれた作品が≪年老いたギター弾き≫です。描かれている老いてやつれた男性は、路上で暮らすホームレスであったといわれています。社会から疎外された人と楽器の組み合わせは、ヨーロッパ絵画のテーマによく登場するパターンです。
青の時代の象徴である沈んだ青が支配する世界の中で、くっきりと浮かび上がるのはギターのみです。冷たい青色と対照的な暖かみを帯びたギターは、男性にとって救いであり、人生の伴侶でもあります。
親友の死といったトラウマの中で、芸術に救いを見出したピカソ自身の思いが伝わる作品です。
ピカソの《年老いたギター弾き》は、シカゴ美術館に所蔵されています。シカゴ美術館は、ヨーロッパ近代絵画を中心に世界的名作を多数収蔵する、アメリカ屈指の美術館です。
【シカゴ美術館の情報】
開館時間 | 11:00~17:00(木曜日のみ11:00~20:00) |
観覧料 | 一般:32ドル シニア・学生・14~17歳:26ドル 14歳以下:無料 |
休館日 | 火曜日 |
アクセス | Michigan & Monroeから徒歩1分 |
HP | シカゴ美術館 |
※営業時間や入館料、休館日などの情報は変更になる場合があります。最新情報は公式ウェブサイトにてご確認ください。
二姉妹
- 原題 L’entrevue (Les deux soeurs)
- 制作年 1902年
- 画材 油彩
≪面会≫の別名もある≪二姉妹≫は、パリとバルセロナを行き来していた時代のピカソが、バルセロナで描いた作品です。長い衣装をまとった2人の女性は姉妹とされていますが、聖書を知っている人ならば、聖母マリアのエリザベト訪問のシーンを思い出す構図でもあります。
宗教的な奥深さを感じる作品ですが、2人は梅毒などの病気の女性を受け入れていた聖ラザロ病院の患者です。1人の女性の腕には小さな赤ん坊が抱かれており、もう1人は頼りきるように相手に身を預けています。
不治の病に侵された女性たちと赤ん坊といった対照的な存在が、青のトーンに支配されたこの作品は、ピカソが意識していた生と死を感じさせます。
≪二姉妹≫が所蔵されているのは、世界的に有名なロシアのエルミタージュ美術館です。ロマノフ王朝の冬宮殿を含む歴史的建造物でコレクションを楽しめます。
【エルミタージュ美術館の情報】
開館時間 | 11:00~18:00(火・金・土曜日は11:00~20:00) |
観覧料 | 500ルーブル |
休館日 | 月曜日 |
アクセス | Dvortsovaya Squareから徒歩4分 |
HP | エルミタージュ美術館 |
※営業時間や入館料、休館日などの情報は変更になる場合があります。最新情報は公式ウェブサイトにてご確認ください。
海辺の母子像

- 原題 Mere et enfant sur le rivage
- 制作年 1902年
- 画材 油彩
≪海辺の母子像≫は、1902年にピカソが制作した作品です。スペイン出身のピカソは地中海に親しんでいたはずですが、海辺には明るさがありません。聖母子を思わせる親子が、所在なげに砂浜に立ち、赤い花を持って祈るようなポーズをとっています。
中世から聖母マリアのマントは青色で描かれることが多く、青の時代の母子像も聖母子を意識した可能性があります。
ピカソは生涯を通して「母子」をテーマにした絵画を描いており、≪海辺の母子像≫はその原点ともいえる作品です。
砂浜には母子の影がなく、宗教画のような静謐さが漂う平面的な画面です。青と茶によって埋められた画面から浮かび上がる赤い花は、親友への鎮魂を意味する説もあります。
≪海辺の母子像≫は、神奈川県箱根町にあるポーラ美術館に収蔵されています。日本最大級の印象派コレクションを誇り、国内外の名作が集まる美術館です。
【ポーラ美術館の情報】
開館時間 | 9:00~17:00 |
観覧料 | 一般:2,200円 大学・高校生:1,700円 中学生以下:無料 |
休館日 | 不定休 |
アクセス | 強羅駅からバス約8分 |
HP | ポーラ美術館 |
※営業時間や入館料、休館日などの情報は変更になる場合があります。最新情報は公式ウェブサイトにてご確認ください。
日本で青の時代の作品が見られる場所

出典:WIKIART
画家としてのキャリアが長かったピカソですが、青の時代はたったの3年です。青の時代におけるピカソの作品には、のちに彼が生み出すキュビズムの絵画とは違う魅力があります。青の時代の作品は、以下の日本の美術館でも鑑賞できます。
- ポーラ美術館
- 愛知県立美術館
- ひろしま美術館
若きピカソの苦悩や親友への思いを感じるために、ぜひお出かけください。
ポーラ美術館

ピカソの作品を20点以上所蔵するポーラ美術館には、青の時代の作品≪海辺の母子像≫があります。青の時代の代表作である≪海辺の母子像≫は、キュビズム以前のピカソのデッサン力を堪能できる貴重な作品です。
ポーラ美術館は、母子をテーマにしたピカソの作品をいくつか所蔵しています。年代ごとに異なる作風を楽しんでみてはいかがでしょうか。
開館時間 | 9:00~17:00 |
観覧料 | 一般:2,200円 大学・高校生:1,700円 中学生以下:無料 |
休館日 | 不定休 |
アクセス | 強羅駅からバス約8分 |
HP | ポーラ美術館 |
※営業時間や入館料、休館日などの情報は変更になる場合があります。最新情報は公式ウェブサイトにてご確認ください。
愛知県立美術館

出典:愛知県立美術館
名古屋市の中心部にありアクセスが良いことで知られる愛知県立美術館ではピカソのエッチングを多数所蔵しています。青の時代の作品は≪青い肩かけの女≫を鑑賞できます。
1902年に制作された≪青い肩かけの女≫は、他の作品同様、宗教的な荘厳さが漂う名作です。モデルとなった女性の表情は喜怒哀楽のいずれにも属さず、個性も超越した神聖さがあります。
シンプルなラインと暗い青のニュアンスに、若きピカソの才能を実感できます。
開館時間 | 10:00~18:00(金曜日は10:00~20:00) |
観覧料 | 一般:500円 大学・高校生:300円 中学生以下:無料 |
休館日 | 月曜日 年末年始 展示入れ替え期間 |
アクセス | 栄駅から徒歩3分 |
HP | 愛知県立美術館 |
※営業時間や入館料、休館日などの情報は変更になる場合があります。最新情報は公式ウェブサイトにてご確認ください。
ひろしま美術館

出典:ひろしま美術館
ひろしま美術館には、1902年に制作された≪酒場の二人の女≫が所蔵されています。この作品の画面を大きく占める女性2人の背中からは哀感が漂い、青の時代ならではの憂愁が伝わってきます。
2022年、ひろしま美術館とフィリップス・コレクションの共同調査により、≪酒場の二人の女≫の下部に別の絵が描かれていたことが判明しました。うずくまるような母子像が見えたそうで、キャンバスの再利用を繰り返していたピカソの痕跡を感じられます。
開館時間 | 9:00~17:00 |
観覧料 | 一般:2,000円 大学・高校生:1,000円 中学・小学生:500円 |
休館日 | 月曜日 年末年始 展示替え期間 臨時休館日 |
アクセス | 県庁前駅から徒歩2分 |
HP | ひろしま美術館 |
※営業時間や入館料、休館日などの情報は変更になる場合があります。最新情報は公式ウェブサイトにてご確認ください。
まとめ:青の時代の作品から鬼才ピカソの若き時代の苦悩を読み取る

出典:WIKIART
キュビズムの創始者として有名なパブロ・ピカソには、青の時代と呼ばれる時期がありました。親友の死にショックを受けたピカソが、20代前半の3年間、青を基調に描いた作品を指します。
青年特有の憂愁を感じる青の時代には、世間から疎外された人たちをモデルにした作品が多く、画家として不安定だった時代のピカソの心情が感じられるといった特徴があります。鬼才ピカソの繊細な青年期を、青の時代の作品からぜひ感じてみてください。
アートリエではアートに関する情報を発信しています。アートのことをもっと知りたいという方は、こまめにウェブサイトをチェックしてみてください。
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